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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)12831号 判決 1986年7月29日

原告

渡辺多佳

右訴訟代理人弁護士

松原護

被告

糸岐茂徳

右訴訟代理人弁護士

中村源造

檜山玲子

被告

石井勇

右訴訟代理人弁護士

西村寿男

主文

一  被告糸岐は、原告に対し、金二四四〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告糸岐に対するその余の請求及び被告石井に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告に生じた費用の二分の一と被告糸岐に生じた費用とを被告糸岐の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告石井に生じた費用とを原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告糸岐は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告石井は、原告に対し、

(一) (主位的請求)金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) (予備的請求)金二四四〇万円及びこれに対する昭和五七年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  渡辺知家(以下「知家」という。)は、昭和四五年初めころから、そのころ日本住宅公団(現住宅・都市整備公団)に買収された土地の代替物件として適当な土地を物色しており、旧知の間柄である被告石井に対し売買の媒介を依頼していた。

(二)  (1)被告石井は、松戸市を中心に不動産売買の媒介を業とするものであるところ、(2)同年四月頃、被告石井は、東京都や千葉県茂原を中心に不動産売買の媒介を業とする金沢光男(以下「金沢」という。)から、登記簿上の所有名義人被告糸岐の別紙物件目録記載の土地計六筆(以下「本件土地」という。)の売買の媒介を受け、これを知家に取り次いだ。

(三)  この結果、知家は、同年五月二五日、被告石井及び金沢の媒介のもとに、被告糸岐との間で本件土地を代金二四四〇万円で買い受ける旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結し、同年六月五日、被告石井を介して被告糸岐に右代金を支払つた。

2  本件契約に基づいて、被告糸岐は、同月一〇日、知家のためにその旨の所有権移転登記手続をした。

3  ところが、本件土地には、同月九日に、谷合敬二郎(以下「谷合」という。)を債権者とする処分禁止仮処分登記が経由されていた。そして、谷合は、間もなく被告糸岐、三商石油株式会社(以下「三商石油」という。)及び有限会社筑波観光(以下「筑波観光」という。)を相手方として、本件土地について土地所有権移転登記抹消登記手続請求の訴え(以下「別件訴訟」という。)を竜ケ崎簡易裁判所に提起し、同裁判所では谷合が敗訴したものの(同裁判所昭和四五年(ハ)第一二号)、控訴審である水戸地方裁判所では谷合が勝訴し(同裁判所昭和四八年(レ)第三一号)、昭和五六年一一月二五日に上告審である東京高等裁判所においても谷合勝訴の判決が維持されて同判決は確定した(同裁判所昭和五四年(ツ)第一一号)。

4  知家が昭和五二年三月二四日に死亡したため、原告は、同日相続により知家の本件土地についての権利義務を承継し、その旨の所有権移転登記手続をした。

5  前記判決に基づき、昭和五六年一二月二六日、本件土地について被告糸岐、知家及び原告を所有者名義人とする各所有権移転登記の抹消登記手続がされた。

6  被告らの責任及び原告の損害

(一) 被告糸岐の責任関係

(1) 被告糸岐は、本件契約に基づき、知家の相続人である原告に対し、本件土地について所有権を移転するとともにその旨の登記手続を経由する債務を負担するものであるところ、前記の判決及び抹消登記手続により被告糸岐の右債務は履行不能に確定した。

(2) 右抹消登記手続がされた昭和五六年一二月二六日当時の本件土地の価額は、金五〇〇〇万円を下らないところ、原告は、被告の右債務不履行によつて同額の損害を被つた。

(二) 被告石井の責任関係

(1)債務不履行責任(主位的請求原因)

(イ) 昭和五六年六月一一日ころ、被告石井は、知家に対し、被告石井において被告糸岐と谷合との間の紛争を解決し知家に本件土地の所有権を移転することを約した。しかるに、前記の判決及び抹消登記手続により被告糸岐の右債務は履行不能に確定した。

(ロ) 昭和五六年一二月二六日当時の本件土地の価額は、金五〇〇〇万円を下らないところ、原告は被告石井の右債務不履行によつて同額の損害を被つた。

(2) 不法行為責任(予備的請求原因)

被告石井は、知家から本件土地売買の媒介の依頼を受け、本件契約に際しては契約締結の交渉を委ねられていたのであるから、知家のために本件土地について売主が所有権を有するかどうか等について誠実に調査すべき義務があるところ、被告糸岐と谷合との間で本件土地の所有権に関して紛争のありうべきことを知りながら、又は容易に知ることができたにもかかわらず、調査義務を怠つて、本件土地の売買を媒介したため、知家は被告糸岐が本件土地の所有者であると信じて本件契約を締結したうえ、被告糸岐に対し売買代金二四四〇万円を支払い、同額の損害を被つた。

7  よつて、原告は、(一)被告糸岐に対し、履行不能に基づく損害賠償として金五〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年一〇月二四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、(二)被告石井に対し、(1)主位的には、履行不能に基づく損害賠償として金五〇〇〇万円及びこれに対する訴訟送達の日の翌日である昭和五七年一〇月二三日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、(2)予備的には、不法行為に基づく損害賠償として金二四四〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五七年一月一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告糸岐の認否

(一) 請求原因1のうち、(三)の事実は認める。

(二) 請求原因2及び3の事実は認め、4の事実は知らない。

(三) 請求原因5の事実は、明らかに争わない。

(四) 請求原因6のうち、(一)の事実は否認する。

2(一)  請求原因1のうち、(二)の(1)の事実は否認する。

被告石井は農業を営むものである。

(二)  請求原因1のその余の事実及び2の事実は認める。

(三)  請求原因3のうち、原告主張の仮処分登記が経由された事実は認め、その余の事実は知らない。

(四)  請求原因4及び5の事実は知らない。

(五)  請求原因6のうち、(二)の事実は否認する。

被告石井は宅地建物取引業者(以下「宅建業者」という。)ではなく、知家も被告石井に対し、宅建業者としての活動を依頼したのではないから、被告石井は、本件土地の権利関係について調査義務を負うものではない。また、仮に、被告石井がなんらかの調査義務を負うとしても、同被告は、本件契約に先立ち、本件土地の現地調査、登記簿の所有名義の確認及び被告糸岐からの聞き取り調査により被告糸岐を本件土地の所有者と信じたものであり、被告糸岐と谷合の間で本件土地の所有権に関して紛争のあることを知りえなかつたから、同被告にはなんら過失がないというべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一被告糸岐に対する請求について

1  請求原因1(三)(本件契約の締結、代金支払)、2(知家名義の登記)及び3(別件訴訟の経緯)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  請求原因4(原告の相続)の事実について判断すると、<証拠>によれば、右事実を認めることができる。

3  請求原因5(抹消登記手続)の事実は、被告糸岐において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

4  請求原因6の事実について判断する。

(一)  前記1ないし3の各事実によれば、被告糸岐は、本件契約に基づいて、原告に対し、本件土地につき所有権を移転するとともにその旨の登記手続を経由すべき債務を負担していたものであるところ、別件訴訟において谷合勝訴の判決が確定し、右判決に基づき、昭和五六年一二月二六日、本件土地について被告糸岐、知家及び原告を所有名義人とする各所有移転登記の抹消登記手続がされたのであるから、これによつて、被告糸岐の本件土地の所有権移転及びその旨の登記をすべき債務は、履行不能に帰したものというほかない。したがつて、原告は、被告糸岐の右債務の履行不能により本件土地の所有権を取得すべき権利を失い、履行不能となつた昭和五六年一二月二六日当時の本件土地の時価相当額の損害を被つたのであるから、被告糸岐は、原告に対し、同額の損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

(二)  そこで、昭和五六年一二月二六日当時の本件土地の時価相当額について判断すると、原告は、右価額が金五〇〇〇万円を下ることはないと主張する。なるほど、昭和四五年五月二五日の本件契約当時と同五六年一二月二六日の履行不能確定時とでは、本件土地の価額に相当の変動のあることは推測するに難くないが、本件においては、履行不能当時の本件土地の価額が金五〇〇〇万円を下らないことを肯認するに足りる証拠はなく、結局、右価額は、本件契約代金である金二四四〇万円を下らないものと推認するほかない。

5  被告糸岐に対する訴状送達の翌日が昭和五七年一〇月二四日であることは、本件記録から明らかである。

二被告石井に対する請求について

1  請求原因1(本件契約の経緯)及び2(知家名義の登記)の各事実は、同1の(二)の(1)(被告石井の営業)の点を除き、当事者間に争いがない。

2  請求原因3のうち、本件土地に谷合を債権者とする処分禁止仮処分登記が経由された事実は、当事者間に争いがなく、その余の事実(別件訴訟の経緯)について判断すると、<証拠>によれば、右事実を認めることができる。

4  <証拠>によれば、請求原因4(原告の相続)の事実を認めることができる。

5  <証拠>によれば、請求原因5(抹消登記)の事実を認めることができる。

6  請求原因6(二)の事実について判断する。

(一)  債務不履行責任(主位的請求原因)について

<証拠>によれば、昭和四五年六月九日に、本件土地について谷合を債権者とする処分禁止仮処分登記が経由されたが、そのころ右事実を知つた知家は、被告石井に連絡し、被告石井が金沢とともに知家のもとを訪れたこと、その際知家が金沢と被告石井を非難したのに対し、金沢は知家に迷惑のかからないように善処するから心配しないでくれと申し述べたものの被告石井は黙つていたことが認められるが、右事実をもつて、被告石井がその責任において被告糸岐と谷合間の紛争を解決し、知家に本件土地の所有権を移転することを約したものと推認するには足りず、他に被告石井が知家に本件土地の所有権を移転することを約したと認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の被告石井に対する主位的請求は、理由がないことが明らかというべきである。

(二)  不法行為責任(予備的請求原因)について

(1) <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(イ) 本件土地は、もと谷合の所有であつたが、筑波観光代表取締役吉田秀勝(以下「吉田」という。)は、筑波観光が他から融資を受けるため本件土地を担保に供する承諾を谷合から得た。そこで、吉田は、知人の生田房男(以下「生田」という。)に本件土地の一部である別紙物件目録一ないし三ほか一筆(農地)の土地を担保として融資先の幹旋を依頼し、生田はこの話を被告糸岐に、同被告は更にこれを三商石油の山影悦三に持ち込んだ。その後、被告糸岐は、三商石油の代理人として吉田との交渉に当たり、吉田に対し前記土地を担保とする融資ではなく、前記土地の買受けを申し入れ、吉田がこれを承諾した結果、昭和五六年二月二五日、吉田と三商石油の代理人被告糸岐との間において、三商石油が前記土地を代金五五五万円で買受ける旨の契約が成立した。ところが、右契約に基づく前記土地の所有権移転登記の申請に際し、右契約当事者において前記土地のうち農地一筆を別紙物件目録四の土地と差し換えて右売買の目的とすることとし、結局、別紙物件目録一ないし四の土地について、谷合から三商石油へ売買を原因とする所有権移転登記が経由された。

(ロ) また、三商石油は、同年三月二三日ころ、別紙物件目録五及び六の土地につき谷合からの所有権移転登記を経由した筑波観光から、右土地を代金六〇〇万円で買受け、その旨の所有権移転登記を経由した。

(ハ) 同年五月ごろ、三商石油の経営状態が悪化し、三商石油の負担を清算する必要が生じたため、被告糸岐は、三商石油から本件土地を代金一六〇〇万円で買受け、その旨の所有権移転登記を経由した。

(ニ) ところで、谷合は、本件土地を担保に供することは承諾していたものの、その所有権を他に移転することは承諾していなかつたところ、同年五月ころに至り、前記のとおり本件土地の所有権移転登記が経由されていることを知り、生田を通じて、三商石油及び被告糸岐に対し、再三にわたり本件土地の登記を自己名義に戻すよう要求していた。そして、このことは、被告糸岐から金沢には連絡されていたものの、被告石井に対しては、金沢から、本件土地は、貸付金の返済の代わりに被告糸岐の所有とされたものであり、その所有権の帰属をめぐり紛争が生じかけていたが、その後被告糸岐の所有として解決済みなのである旨の連絡がされていたにすぎなかつた。

(ホ) 他方、被告石井は、これまで松戸で約三〇〇〇坪の土地を所有し農業を営んできたものであるが、知家とは、同人の生家が付近の大地主であつたことから、子供のころからの知り合いで、知家の同被告への信頼も厚かつた。

また、同被告には不動産業者の知り合いが多かつたこともあつて、知家は、昭和四五年初めころ日本住宅公団(現住宅・都市整備公団)に買収された土地の代替地として適当な物件を物色するについても、同被告にその媒介を依頼し、同被告も知家から当時約一〇〇〇万円の金員を借り受けていること等からこれを引き受けることになつた。

(ヘ) 被告石井は、前記のとおり本業は農業であり、不動産取引に特別の知識を有するものではないが、知人の経営する不動産会社に出入りするうちに不動産取引に興味をもつようになり、昭和四二年ころ、右会社に勤務していた金沢と知り合い、本件土地以外にも一件金沢へ不動産取引を幹旋したことがあり、その際は仲介料相当額の支払を受け、本件でも金沢から一〇〇万円の謝礼を受けている。また、同被告は、知家に対しても、本件以外に成田の土地の売買を媒介し、約一〇万円の謝礼を受け取つたことがあるが、本件契約の媒介では、知家と報酬の約束をしていたことはなく、本件契約後二〇万円の謝礼を受け取つたものの、これも自ら要求したものではなかつた。

(ト) 本件土地の取引における被告石井の行動は、昭和四五年六月五日に、本件契約の契約書を作成し、知家から頼まれて売買代金を契約締結の場に持参し、その際に一度被告糸岐に会つたほか登記簿の閲覧を行つたのみであり、その他の交渉は宅建業者である金沢を通じて行つており、右閲覧以外の権利関係の調査や、知家から要請された本件土地の境界の確認及び測量図の作成も、すべて金沢が行つたものである。

(チ) 知家は、被告石井を信頼していたうえ、金沢から被告糸岐と谷合との間で話はついているとの説明を受け、登記簿上の所有名義人も同被告であつたことから、同被告を本件土地の所有者と信じて同被告と本件契約を締結するに至つた。

(リ) その結果、昭和四五年六月五日に本件契約の売買代金の支払い及び所有権移転登記手続を行うことになり、知家は、被告石井に対し、二四四〇万円の現金及び小切手を被告糸岐に手交するように委託したが、被告石井一人に金を持たせていくことには不安を覚えていたので、篠田雄次に対し、登記に必要な書類が揃わないときは契約書に印を押さずに帰るよう指示して印鑑を委託し、同人を被告石井に同行させた。被告糸岐、金沢、被告石井及び篠田は、水戸地方法務局牛久出張所付近の石神司法事務所に集合し、同事務所で本件土地について被告糸岐から知家への所有権移転登記手続を終えた後、金沢の自宅へ赴き、契約書を作成するとともに売買代金二四四〇万円を授受した。

前示引用の各証拠中、以上の認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 以上の事実関係を基礎として、原告のいわゆる被告石井の不法行為責任について判断する。

原告は、被告石井に調査義務違反に基づく不法行為責任が存する旨主張するが、右主張は知家と同被告との間に本件土地売買の媒介委託関係があることを前提とするものであるから、これを同被告の前記(一)とは別個の債務不履行責任についての主張と善解して、以下考察することとする。

(イ)  不動産売買等の媒介の委託を受けた者は、媒介契約の本旨に従い、受託者として、委託者のために善良なる管理者の注意を以て媒介すべき義務を負担するものであつて、売主が不動産の所有権その他の処分権限を有するか否かについての調査義務を負うものというべきである。しかしながら、右の調査義務の具体的な程度は、委託者と受託者との関係、媒介するに至つた事情、媒介者の身分、知識、報酬支払の約束の有無、媒介の態様やその程度等によつて個別的具体的に判断すべきであり、免許登録を受けている宅建業者が専門的知識・経験のもとに不動産売買等の媒介を行う場合には、媒介事務につき専門家を標準とする高度の注意義務を負うのに対し、一般人が専門的知識・経験もなく、かつ営業としてではなくして不動産売買等の媒介を行う場合には、宅建業者における右注意義務よりも低い程度の注意義務を負うにとどまるものと解するのが相当である。

(ロ) 右のような見地に立つて、本件をみると、前認定のとおり被告石井と知家は、旧知の間柄であることから知家が被告石井に対し適当な土地の売買の媒介を依頼し、被告石井もこれを引き受けたもので、報酬の約束もなかつたものである。また、被告石井は、友人が不動産会社を経営していたことから不動産取引に興味をもち、本件以外にも不動産取引を媒介し報酬を得たことがあるが、本業は農業であつて、不動産取引の媒介を業とするものではなく、不動産取引について特別の知識を有するものでもない。そして、本件契約については、被告石井は、契約前に本件土地の登記簿を閲覧しているが、当時登記簿上は、被告糸岐が本件土地の所有名義人となつており、谷合の処分禁止仮処分の登記の記載(契約締結及び代金授受後の昭和四五年六月九日受付)は、いまだ存しなかつた。また、当時、被告糸岐に対し生田を通じて谷合が本件土地の登記名義を戻すよう請求していたことは、被告石井の聞知するところとならず、被告糸岐の本件土地取得経緯についても、被告石井自身は被告糸岐と一回会つたのみで、宅建業者である金沢からの前示説明以上の知識を有しないところ、その金沢が被告糸岐と谷合との間では話がついていると言明していたのである。

したがつて、以上のような事情に鑑みると、被告石井が被告糸岐に本件土地の所有権があると信じて本件契約を媒介したことは、無理からぬことであつて、更に専門の知識・経験を有する宅建業者に不動産取引の媒介を委託するのは、一面においてそれにより取引に過誤なきを期するためであることをも考慮すると、本件においては、金沢の調査義務違反の点はともかく、被告石井において、宅建業者たる金沢の調査結果を信用し登記簿の閲覧以外に自ら被告糸岐の所有権の有無につき格別調査しなかつたことを以て、被告石井に調査義務違反があるということはできない。また、ほかに原告主張の調査義務違反に基づく被告石井の不法行為責任の成立を肯認する余地もない。

(ハ) 以上によれば、原告の被告石井に対する予備的請求もまた理由がないものといわざるをえない。

三結論

以上説示のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告糸岐に対し金二四四〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五七年一〇月二四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、被告糸岐に対するその余の請求及び被告石井に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤和夫 裁判官佃 浩一 裁判官鹿子木 康)

別紙 物件目録

一 茨城県稲敷郡牛久町東大和田字くよふ塚五二一番一

山林 二六三平方メートル

二 同所同番二

山林 四二平方メートル

三 同町大字中根字供養塚六三九番ノ一

山林 五九〇平方メートル

四 同所六二七番

山林 七〇〇平方メートル

五 同所六二八番

山林 七三四平方メートル

六 同所五三一番

山林 八四四平方メートル

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